月さえも眠る夜〜闇をいだく天使〜

16.決心



それぞれが、それぞれに何らかの異変を感じ取っていたのだろう。9人の守護聖は直に謁見の間へ集まった。
事態が事態だけに、とりあえず筆頭守護聖ふたりの間に朝の喧嘩の続きは起こりそうもなく、リュミエールは変な所でほっと、息をついた。

「で、原因は何であると思う。ルヴァ、心当たりはないか?」
やはりわからないことは聖地一の博識である地の守護聖に聞くべき、と誇り高い光の守護聖も認めている。
十八の目がルヴァへと集中した。
「あー、とりあえず、他の惑星は問題ないようなんです。主星も、同じく。 と、いうことは、この聖地の何処かから、この気配がでている。そういうことなんですよ」
ルヴァが、解る範囲の見解を述べる。予め王立研究所に立ち寄り、データをチェックしていたのだ。
眼鏡をかけた若い研究院の主任が驚くほど素早く正確なデータを用意してくれていた。

この聖地のどこかから?
全員の顔が曇る。
「あのよー」
ゼフェルが遠慮がちに言う。
「良くわかんねーけど、この気配、アレに似てんだよ。昔、ナドラーガに落ちた時の感じによ。マルセルも、そう思わねーか?」
昔の失敗談を自ら掘り起こすことになって、少し気まずそうにマルセルを見る。
「うん。ゼフェルの言う通りだよ。僕も、思ってたんです。似ているって。これ、その、黒いサクリアじゃないかって」
その場に凍り付くような沈黙が訪れる。
黒いサクリア。
確かに、宇宙まるごとの大移動という大仕事を終え、長い時間のたっていないこの世界。
あちこちに、小さな黒いサクリアが存在し、しばし九つのサクリアの均衡を邪魔しているのは事実である。
だからこそアンジェリークはその排除に力を尽くし、度々聖地の外へと赴くのではないか。
しかし、ルヴァが先程いっていたことはどうとらえればいいのだろう。
聖地の内側から、この気配がでていると。

いったい何処から ――?

沈黙を破りしずかな声が響く。
「次元回廊」
「何と?」
ジュリアスが聞き返す。
「水晶球は、次元回廊を示した。いや、正しくはその奥の」
―― 虚無の空間。

全員が息を呑む。
「相変わらず、便利な道具ね〜」
茶化すオリヴィエをランディが咎めようと向き直ったが、笑いを含まぬ彼の目に開きかけた口を閉じた。
虚無の空間。
今なお先の女王の魂が眠る場所。
宇宙崩壊のおりの犠牲者の魂と、置き去りにされた過去の黒いサクリアが呼応し合い、黒く、大きく膨れて次元回廊から漏れているのか。
何ということか。
そして、唯でさえ重い現実を更に感傷的にさせているのは、
―― 先の陛下の魂も、やはり?
黒いサクリアに取り込まれてしまっているのだろうか、という思いだった。
ルヴァがちらりとクラヴィスをみやったが、その表情から彼の想いは読み取れなかった。

「して、陛下どのように対処すべきでしょうか?」
オスカーの言葉が皆を現実に引き戻す。
そうなのだ、感傷に浸っている余裕はなかった。
今はまだ、外界と隔てられた聖地のバリアが別の意味で功を奏し、宇宙の外への影響を防いでいるが、このまま放っておけば、いずれ全宇宙へと黒い意志が流れ出るにちがいないのだから。
そして、その影響とくればこの聖地よりも大きいはず。
少なくともこんな嵐程度ではおさまるまい。

「黒いサクリアが、虚無の空間から漏れているのであれば、フェリシアとエリューシオン二つの大陸の中央の島にも異変が起こるでしょう。 わたくしは急いで結界を施します。その後に聖地内のサクリアを皆様と共に安定させ外界へ漏れぬようにいたしましょう。それと、大陸の現在の状況の調査を研究院に至急要請して下さいませ。様子が解り次第そちらの調節も致します」
てきぱきと指示するロザリア。
「そして、虚無の空間は」
そこまで言って口をつぐむ。
いくらこちらの宇宙で対処した所で、根こそぎ原因を取り除かなければきりがない。
かといって、自分達が今この場を離れる訳にはいかないのだ。
第一直接乗り込み対処するというのは危険過ぎる。

その時、凛とした声が響いた。
「私が、行きます」
揺るぎ無い決心を瞳に煌かせ、そこに立っていたのは。
そう、アンジェリークであった。


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